これまで、長く走る力「持久力」を土台に速く走る力「スピード」を養成して「スピード持久力」に統合するということををお話しましたが、実際の練習において「持久力養成」から「スピード養成」への移行し、どのように統合していくかについて、持久力とスピードの関係を含めて考えてみます。
1.アイソスタシー
「アイソスタシー」という言葉をご存知でしょうか。これはウエイゲナーの「大陸移動説」の基になる理論ですが、確か高校の地学の教科書に出てきたかと思います。
簡単に言えば「大陸はマントルの上に浮いている」ということです。
地球の表面を構成する大地は、マントルの上に浮いていることにより、均衡状態を保っている。この状態がアイソスタシーといいます。従って密度の小さい軽い陸地も密度の大きい重い陸地も、その均衡を保つためにそれ相応のマントルの上に浮いており、重い陸地はそれを支えるためにより大きなマントルの上に浮いているというになります。
私は専門家ではないので、細かい理論までは分かりませんが、高校の教科書にはこの程度ではないでしょうか。
また、水面に浮かぶ氷山は、その大きさに見合った大きな氷が水面下に存在する。水面の氷山が大きければ大きいほどその水面下の氷も大きいのです。
何を言いたいかというと、競技力は、「持久力」と「スピード」の均衡により成り立つ一種のアイソスタシーだと思うのです。持久力の上にスピードが浮いている状態。もちろん大きな大地には大きなマントルが必要なわけです。
2.やりくり上手
アイソスタシーは「一つのある状態」のことを言いますが、「持久力」と「スピード」には常に駆け引きがあります。
「持久力」はあくまで「土台」。長く走る力をいかに身体に染み込ませるのかが大きなポイントになります。長い距離を走れると言うことは、「有酸素能力」を高めることです。
それに対して、スピードは「無酸素能力」です。従って乳酸が発生し、疲労という形になるわけです。
長距離のレースを走るということは、長い距離を走るわけですから、酸素を常に呼吸により供給し続ける。それだけならある程度は長く走り続けられるわけですが、速さを競っている以上、無酸素運動の要素が加わるわけです。従って、「貯金したものの内から借金していくわけです。」
あまりにも速いペースで行けば、借金に押しつぶされ「破産状態」。逆に貯金ばかりでは使い道のない「貯金貧乏」にもなりかねない。一つの成績や結果を得ようとするなら、貯金と借金を繰り返していくわけで、「やりくり上手」になる必要があるということです。
そのためにも普段から「貯金」を確実に増やし、財産を持つことにより、ある程度の「借金」ができるのではないでしょうか。
3.スピード練習の準備段階
先に年間計画についてお話しましたが、「持久力養成期」にロードレース、特にハーフマラソンやマラソンに取り組み、**月に入ったらいきなり、「スピード養成期」といってインターバルトレーニングなどを入れていくのは非常に危険です。
身体をスピード練習のできる状態にしておかないと、思わぬ故障を招き、スケジュールを狂わすことになりかねないのです。
余談ですが、高校時代に試験休みの後にいきなりインターバルを実施したら、やはり故障しました。
スピード養成の手段としては「インターバルトレーニング」「レペティショントレーニング」などがありますが、ここで、スピード練習を導入するにあたっての準備段階について触れておきます。
@筋力の養成
速さを意識するということは、普段以上のスピードを筋肉が経験することになります。酸素の供給が不充分な状態で筋肉が運動するわけですから、筋肉に負荷がかかり、筋肉痛どころか「肉離れ」の危険性をはらんでいます。従って、強い脚筋力を養成しておくことと、それに見合う上体の筋力が必要なわけです。
スピードの養成をする準備段階として、軽い負荷から徐々に強度を増していくことが重要です。
A効率よい動きの養成
速いスピードを生むということは、がむしゃらに走ると言うことではないことを皆さんはよくご存知です。効率よいフォームがあってこそスピードが生まれるのです。
100mや200mのレースを見ると、決して力任せではなくリラックスしたスムーズな動きが加速を生み出していることがわかります。
特にこれまで「持久力」養成のために長い距離に取り組んでいると、フォームが小さくなっていることが多いのです。より速く走るための大きくリラックスした動きも同時に取り戻す必要があります。
軽い流しを入れる場合や下り坂など、動きを意識することが大事です。
4.クロスカントリーを入れてみる
スピード養成の練習をはじめるまえに様々な準備が必要だとお話ししましたが、例えばクロスカントリーを入れてみたらどうでしょう。
マラソンやハーフマラソンのための厳しい走り込みを続けてきたにも関わらず、クロスカントリーに取り組むと「筋肉痛」になります。
つまり、ロード走などの画一的な練習では、一部の筋肉に集中的にストレスがたまるが、使われない筋肉がまだまだたくさんあることを示しています。
たとえば、不整地を走れば、凹凸があり、着地するにも足首にさまざまな角度が要求される。まっすぐ走るだけでなく時には鋭角に曲がったり、横にステップすることもある。もちろん起伏をこなすので、平地以上の負荷がかかる。
いわば走る補強運動です。
また、長時間走り続けたり、速さに変化が加わるため心肺機能への負担もあり、心肺機能の強化もできます。
動きについても、トラックと違い、地面が柔らかいので、リラックスして大きな動きができる。野外という環境もその助けとなります。
私は、所沢の航空公園にクロスカントリーコースを設定していますが、そのポイントは次の通りです。
@思いきりスピードを上げられるだけの長い登りと下りがあること。(100m以上)
A体全体を大きく動かさなければならない急な登り坂があること。
B鋭角に曲がる
C木の枝のような障害物がある
Dジャンプする個所がある。
Eバランスをとらなければならない狭い個所がある。
F舗装された部分も加える
G1周4〜5k前後
以上の項目を主眼に上りや下り、ダッシュやリラックスした下りなど、さまざまな課題を持って取り組みます。もちろん集中力がなければつまずいて怪我をすることも忘れてはならないでしょう。
このクロスカントリーをはさんで、徐々にトラックでのスピード練習を織り交ぜていくのです。
これまで何回もお話しましたが、レースは速くゴールテープを切った選手が勝ち。つまりスピードは最終的な要素となるのは言うまでもありません。ただ、ゴールに至るまでの間のスピードは、スタートのスピードから中間疾走、そしてラストのスピードとさまざまな内容が含まれていることもお話ししました。
ただ単に速さだけを身につければよいと言うわけではなく、いろんな状況の中でいろんな状態において応用されなければならないのは、すでにお話しました。ここでは、インターバルトレーニングで**mを何本やれば良いとか、何秒で走ればよいのかということではなく、スピードという要素をどう考えて、どう向き合えばよいのか。私の考えを示すこととします。
実際の具体的練習のバリエーションは、その上で考えるべきでしょう。
1.スピード練習の中身
高校生や中学生に「今日は何の練習かい?」と聞くと「スピード練習です。」という答えが返ってきます。内容は多くがインターバルトレーニングかレペティショントレーニングです。
「では、何のスピード?」と聞くとどんな答えが返ってくるでしょう。
例えば、3000m+2000m+1000mのレペティショントレーニングをやる。そこではどんなスピードが身につくのでしょうか。5000mというレースのどこに生かされるのか。そこが問題です。
3000mや2000mが、5000mのどこで生きるのか。その答えが出ずにただスピード練習という名の元にストップウオッチに縛られて機械的に走るのでは練習のための練習で終わるのです。
そういったことを意識した設定での練習でなければならない。つまり、何本かこなす上で、1本目から最後の1本まで同じとは限らない。記録の上でも意識の上でも、目的と課題を意識したものでなければ無意味です。
さらに例えば5000mという距離を1000m×5本に分解したような練習でレースでのスピードに結びつくかという問題があります。5000mのレースのうち、入りの1000m、1000m〜2000m、2000m〜3000m、3000m〜4000m、4000m〜5000m。この5つの1000mがすべて同じ1000mではないことは皆さんが経験で知っています。
このことを知った上でのスピード練習を工夫する必要があるのではないでしょうか。
2.スピードを「覚える」練習と「身につける」練習
私たちが、大学を受験する際にひたすら英単語を覚えました。何回も何回も読み、書いたものです。しかし入学試験に英単語そのものが出るわけではないのです。長文を読解するのに単語をより多く知っている必要があったのです。そして長文が読解できてはじめて身についたと言える。
まず「覚えて」そして「身につける」。私の考えるスピード練習とはまさにこれと同じです。
レペティショントレーニングやインターバルトレーニングを繰り返し実施し、スピードを「覚え」、次にそれを「身につける」わけです。
そのために課題に応じて、いろんな状況に自分を追い込んだり、距離や設定タイムのバリエーションを設定します。
しかし何回も言うようですが、このことでスピード練習が完結するのではないのです。単に「覚えた」だけにすぎないのです。
3.スピードを身につける
さて、実際にスピードを身につけるには何をするのか。私はズバリ!最高のスピード練習は「レース」または「タイムトライアル」と考えています。
自分の話をすると、高校時代に「陸上マガジン」や「月間陸上競技」を読んだり、マラソン選手の自伝を読んだりして、1000mを10本やったり、1500mを4本やったりしました。しかし、いざ試合になってみると5000mのレースで3000mから一向に走れない。ついていけない。
年々トレーニングの設定タイムや本数を増やしても結果は同じ。
やり方にも問題があったにせよ、高校時代にやっていたスピード練習がレースに直結しない。つまり身についていないのです。
そこで、レースの距離かそれ以上のタイムトライアルを週に1回入れるようにしたのです。
5000mの3000m以降のスピードは、5000mを走らなければ身につかない。3000m+2000mというぶつ切りにしても、最終的に5000mの中で練習しなければ身につかないと考えるようになったのです。
これは、20K、ハーフ、マラソンに取り組むようになった今でも同じ考えです。
もちろん前述した「スピードを覚えた」上での話です。